なっちゃんとのここだけの話 (32)

なっちゃんとのここだけの話

春が近づいてきた。でも二人の関係は冬のままだった、いや冬より冷えていた。

なっちゃんが別れ話をしてきた、どう引きとめてもダメだった。仕方ないと思って一度しっかりと距離を置くことにした。他に目を向ければ、新しいものが見えるかもしれないといった事を含めて。

新しい恋はしても良いというルールだった。これが面白い事に、二人とも同じマッチングアプリを使っていた。すぐになっちゃんを見つけてしまった。

一人の時間が増えるのは悪い事ではなかった、案外一人と言うのは気が楽で良かった。なっちゃんの事を全く気にしなかったと言ったら嘘になるが、それなりに一人を満喫できた。なっちゃんに勧めてもらった、パニック障害の克服の一部が書かれている宇宙兄弟(36) (モーニング KC)も読んだりした。思い出して辛くなるようなら読むの辞めなよとも言われていた。

一人は気が楽だなんて言っても、やっぱりなっちゃんが好きである事に変わりはなかったので、どうしたら復縁できるかなと考えたり、友人に相談したりした。

あと、チェーンのカフェでアルバイトをやってみた。なっちゃんは安定収入を望んでいたので、本業がしっかりしていない事も、いや「本業がしっかり安定」していないことが一番の不安材料だったと思う。でもそのアルバイトは一か月で辞めてしまった。我慢力不足ですと書いておきます。

なっちゃんが「仙台市の人に会いに行く」と言っていたのが本当になっていたのは驚いた。セントレアからLCCに乗って行くと。アジカンのライブに行って翌日に男の人に会うのだと。

それで、出発前日から僕となっちゃんのラインのやり取りが急に増えた。二人とも不安だったのだと思う。僕は心配性だ。

当日はなっちゃんが乗るであろう飛行機が飛び立つまでラインを見なかった。飛行中だと思われる時間にラインを送った。どうやらセントレアに着いた時点で泣いてしまったそうだ、現地での食べ物の写真を送ってくれた。機内では宇宙兄弟(36) (モーニング KC)を読んでいたと教えてくれた。

僕はなっちゃんに、てんかんの薬を飲んだかライブの日の夜と翌日朝に確認した。ライブというのは激しい興奮をするし、光も音も激しいので心配の材料だった。

東北新幹線と上越新幹線の写真も送ってくれた。あと、「はやぶさ」の車内販売で売っているフリクションボールペンを買ってくれた。僕は新幹線が好きだけど、東京より北に行ったことが無かったのでとても羨ましかった。大人になったら行けばいいやって子供の時に思っていたけれど・・・。本当に良いなと思った。子供の時に思う「いいなー」と同じぐらい、大人って良いなと思った。なっちゃんが大人に思えたのだ。

なっちゃんはLCCは狭くてよく揺れたと教えてくれた。そのLCCの飛行機は小さくて、海外アーティストのプライベートジェットと同じぐらいに見えた。あと、僕にはその狭さはパニック障害で無理だと思うとも伝えてくれた後に「ファーストクラスか!」と僕が航空マイルを貯めている事をいじってきた。

この後に僕となっちゃんは無事に復縁する事になった。

なっちゃんが一緒でなくてもパニック障害の発作は出たりしなかった。一人でIKEAに行って買うものが無く寂しくなっても大丈夫だった。

だけれど、一人で電車に乗ろうとは思わなかった。京都旅行の時の発作が怖かったのと、新幹線という好きなものが、そうでなくなってしまったショックが強く心に残ってしまったのだと思う。

あと、人前でパニック障害の発作を起こしたくないと強く思ってしまう気持ちが邪魔をしたのだと思う。

この月に付き合って3年経った。なんだか不思議な月である。